まず医療DX。
政府は「経済財政運営と改革の基本方針2022」(いわゆる骨太方針)に医療DXを位置づけ、総理を本部長とする医療DX推進本部を設置しました。
柱は三つ——全国医療情報プラットフォームの創設、電子カルテ情報の標準化(HL7 FHIRの採用と「3文書6情報」の標準規格化)、そして診療報酬改定DX。目指すのは、少子高齢化と人手不足のなかで、国民皆保険という社会保障を持続させることです[2]。
▶ 医療DXの全体像は、厚生労働省「医療DXの推進に関する工程表〔全体像〕(PDF)」を参照。
一方の製造AX拠点。
産総研のリリースによれば、これは経済産業省が推進する構想で、2026年版ものづくり白書で提唱されたものです。
全国の製造現場から生まれる多様なデータを集約・統合して大規模なデータ基盤を築き、それをAI開発に活かし、成果を再び現場へ還元する。狙いは高稼働率・高品質・高収益な工場を多数生み出すことで、背景には人手不足の深刻化と、中国のAI主導型製造・欧州のデータ標準化・米国のBig Tech主導といった国際競争の激化があります。
リリースには「個社単独では困難な製造業変革を加速する共通基盤を実現します」と明記されています[1]。
▶ 製造AX拠点のイメージ図は、産業技術総合研究所「産総研、製造AX拠点を始動(プレスリリース)」を参照。
| 観点 | 医療DX | 製造AX(製造AX拠点) |
|---|---|---|
| 主体・推進 | 政府・厚生労働省(医療DX推進本部)[2] | 経済産業省・産総研(製造AX拠点)[1] |
| 位置づけ | 骨太方針2022 | 2026年版ものづくり白書 |
| 目的 | 国民皆保険=社会保障の持続 | 高稼働率・高品質・高収益な製造業への変革 |
| 主な背景 | 少子高齢化・人手不足・感染症対応 | 人手不足・国際競争の激化 |
| 対象データ | レセプト・電子カルテ・特定健診 等 | 設備の稼働データ・品質データ 等 |
| 共通の手法 | 分散データを集約・標準化 → 共通基盤に載せ → 現場へ活かす・還元 | (同じ構造) |
| 起点・駆動力 | 制度・社会保障(DX=デジタル化・基盤整備が中心) | AIの進化(AX=生成AI・フィジカルAI) |
| 本格始動 | 2022年〜(先行) | 2026年〜 |
| 共通する論理 | 「個社・個施設単独では困難」だから国が共通基盤をつくる |
(同じ) |
二つを並べると、骨格がほぼ同じであることに気づきます。
どちらも、これまで別々の場所——病院・診療所、あるいは工場・設備——にバラバラに存在していたデータを、集約し、標準化し、共通の基盤に載せる。その上でデータを活かし、成果を現場へ還す。
そして、その動機はどちらも人手不足であり、いずれも「個々のプレイヤー単独では実現できないから、国が共通基盤をつくる」という論理で貫かれています。
これは、DXの重心が動いたことを意味します。これまでのDX——たとえば私たちが支援してきた製造業の生産管理システムは、あくまで一社の中を最適化する「自社最適」のためのものでした。ところが医療DXも製造AXも、狙っているのは一社・一施設ではなく、業界・社会の全体最適です。「自社のためのDX」から「社会のためのDX」へ。医療と製造という遠く離れた二分野で、同じ地殻変動が同時に起きている、と見ることができます。
もちろん、二つは同じものではありません。ここは事実と、私たちの見立てを分けて書きます。
事実として、両者には時間差があります。医療DXは2022年の骨太方針から動き出し、全国医療情報プラットフォームの整備が先行しています。製造AXの全国拠点構想が白書に明記されたのは2026年です[1][2]。
またそれぞれの制約も異なります。医療には、人命という失敗の許されなさ、診療報酬という公定価格、資格に守られた業務範囲があり、製造には熾烈な競争があります。
見立て(解釈)として言えば、"社会レベルのデータ基盤づくり"という点では、医療のほうがむしろ数年先を歩いている、と読めます。製造業は個社のDXでは進んできましたが、社会・産業レベルの共通基盤という意味では、医療の後を追う形になっている。普段「医療は遅れている」と語られがちなことを思うと、これは示唆的です。
もう一つ、見逃せない違いがあります。それは、そもそもの駆動力です。
医療の取り組みは「DX(デジタルトランスフォーメーション)」と呼ばれ、2022年の出発点では、データを標準化して共通基盤に載せること、つまりデジタル化と基盤整備が中心でした[2]。その起点にあったのは、制度と社会保障の持続という課題です。
対して製造業の新しい構想は「AX——AIトランスフォーメーション」と名づけられました。産総研の拠点も、生成AIやフィジカルAIの開発・活用を核に据え、生成AIの社会実装を目指すGENIAC事業を土台にしています[1]。ここでの駆動力は、制度というより、AIそのものの急速な進化です。近年の生成AIの飛躍がなければ、この構想はこの形では立ち上がらなかったはずで、その意味で製造AXは、人手不足という社会課題を背景としつつも、AIが引き起こしたパラダイムシフトの産物だと言えます。DXが「デジタル化による変革」だとすれば、AXは「AIを前提にした変革」。名前の一文字の違いが、起点の違いを映しています。
さらに興味深いのは、その波が医療にも及び始めていることです。2026年7月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」では、医療を含む人手不足の課題を、AIの徹底活用で解決する方針が掲げられました[3]。
制度起点で始まった医療DXにも、AI活用という新しい要素が加わり始めています。まだ「医療AX」と呼べる段階ではありませんが、AIによる社会変革の波が、いずれ医療にも本格的に及ぶことは十分に予想されます。
ここから見えてくるのは、DXの主戦場が「個社の最適化」から「社会・産業レベルの共通基盤」へと移りつつある、という大きな流れです。
この視点に立つと、医療DXは、閉じた官の事業でも、医療業界だけの特殊事情でもありません。人手不足という同じ圧力の下で、国が産業横断的に進めている変革の、一つの現れです。製造業がいま「製造AX拠点」で向かおうとしている場所に、医療は少し先に立っている。逆に、医療の現場がいま直面している戸惑い——共通基盤に載せる負担、便益が個々に返りにくい構造——は、これから製造業の現場も通る道かもしれません。
経営や現場にとっての含意は、「自社のDX」だけを考える時代から、「社会の共通基盤にどう乗るか」を考える時代への移行です。標準化されたデータ基盤に自分たちのデータがきちんと乗るかどうかが、この先の分かれ目になっていきます。
私たちがこの符合に気づけたのは、製造と医療の両方を内側から見てきたからにほかなりません。片方だけを見ていたら、それぞれ独立した業界の話に見えたはずです。
その立場から、健診システムを提供する私たちの考えを述べておきます。
医療DXで標準化される「3文書」の一つは、健診結果報告書です[2]。健診データもまた、全国的な医療情報の基盤に載る対象——つまり医療機関は、この「社会のためのDX」の蚊帳の外にいるのではなく、重要な担い手の一つです。
私たちテクノアは、システムベンダーとして健診システムを提供し、その運用を日々サポートしています。そして、健診結果報告書がこの社会基盤に正しく乗るよう、健診システムのFHIR対応も進めています。電子化・データ化を目先の義務対応にとどめず、医療・健診の現場が社会の共通基盤へ無理なくつながっていけるよう支え続けること——それが、私たちの使命だと考えています。
同じことを、製造の現場でも進めています。中小製造業に対しては、生産管理システムを通じてDXを支え、これから本格化するAXへの対応も推進・サポートしていきます。医療と製造、両方の現場を内側から見てきたからこそ、片方で得た知見をもう片方へと、相互に取り入れていく。両分野から現場のデジタル化を支え続けることが、私たちの役割です。
医療DXと製造AX。名前も担い手も違う二つの取り組みですが、根っこでは同じ問い——人が減っていく社会で、どうやって質と効率を保つのか——に答えようとしています。悪口でも礼賛でもなく、この地殻変動を俯瞰しておくことが、次の一手を考える出発点になるはずです。
[1] 産業技術総合研究所「産総研、製造AX拠点を始動」(2026年7月2日プレスリリース。「製造AX拠点」構想は2026年版ものづくり白書で提唱)
https://www.aist.go.jp/aist_j/news/pr20260702.html
[2] 厚生労働省「医療DXについて」(資料1、第1回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム、2022年9月22日)
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/000992373.pdf
[3] ミクスOnline「政府『デジタル社会の実現に向けた重点計画』を閣議決定 医療含む人手不足等の課題をAI活用で解決」(2026年7月22日)
https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=80581